Exhibition Information
展覧会概要に代えて
神寂びる異層への覚書と断片
花井優太(編集者)
ジョン・レノンの「Mother」を頭の中で再生すると、ストリングスが鳴っていたような気がする。しかし実際に聴き返すと、その演奏は驚くほど簡素。私たちは音楽を記憶するとき、実際には存在しない音を無意識のうちに補う。余白を勝手に都合のいい美しさで埋める。
これと似たことが、寂びた神社や時を経た風景を前にしたときにも起こる。そこには神様がいるのだと思わされる、あれだ。人間に与えられた能力とも言えるし、認知のバグとも言える。日本語には「神寂びる」という言葉があるが、これは時間を経ることで神聖さを帯びるという意。風化した鳥居や苔むした石段は、神秘を証明しているのではなく、私たちの想像力を呼び起こす。私たちは風景を見ているつもりで、その奥にある時間を読み、気配を読み、意味を読む。そして異層が生まれる。
石山未来が描くものもまた、そうした異層だ。言ってしまえば、リアルではなくリアリティ。本来は聴こえないはずの音、見えないはずの色や残像、あるいは「なにかがいそうな雰囲気」そのもの。観る人が歩んできた人生によって、全く違う像がそ網膜の先に結ばれる。鑑賞者それぞれが記憶や経験を通して、そこに意味や前兆を見出す。不可視の存在を見ようとする人間の想像力そのもの。歳をとるほど何かが見えるだろう。
想像は、美しさも愚かさも生み出す。何を見ても何かを思い出す。人間はそういう生き物なのだ。